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東京高等裁判所 昭和54年(う)229号 判決 1980年8月26日

被告人 大賀光彦

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中五三〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人横田幸雄の提出した控訴趣意書並びに被告人の提出した控訴趣意書及び同補充書三通に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事小川源一郎の提出した答弁書に記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意中法令適用の誤りを主張する点について

所論は、要するに、爆発物取締罰則は、明治一七年太政官が布告第三二号として制定したもので、昭和二二年法律第七二号一条にいわゆる法律をもつて規定すべき事項を規定した命令に当たるから、右法律第七二号一条により昭和二三年一月一日以降国法としての効力を失つているばかりでなく、同罰則一条は、犯人が治安を妨げる目的を有することを構成要件としているが、治安を妨げるという意味内容が不明確なものである点において憲法三一条に違反し、治安を妨げる目的を構成要件とすることによつて人の思想、信条を処罰の対象としている点で憲法一九条に違反し、刑罰がはなはだしく苛酷である点において憲法三六条に違反するなど憲法九八条一項により効力を有しないものであるのに、同罰則がなお国法としての効力を有するとしたうえ、同罰則一条は合憲有効であるとしてこれを原判示第二の事実に適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがあるというのである。

そこで、まず爆発物取締罰則がなお法律としての効力を有するか否かについて検討するのに、同罰則は、明治一七年太政官が布告第三二号として制定したものであるが、最高裁判所昭和三四年七月三日第二小法廷判決(刑集一三巻七号一、〇七五頁)が説示しているように、旧憲法の施行とともに旧憲法上の法律と同様の効力を有するものとして取扱われ、明治四一年に至つて旧憲法上の法律の形式をもつて改正手続が行われて、形式上においても旧憲法上の法律と同一の効力を有することとなつたものであるから、昭和二二年法律第七二号一条にいう「命令」には該当せず、したがつて右罰則が所論のいうように同法律一条により昭和二三年一月一日以降その効力を失つたものでないことは明らかである。

次に、爆発物取締罰則一条が所論指摘の憲法の各規定に違反するか否かについて検討するのに、右罰則一条に「治安ヲ妨ケ」るとあるのは、公共の安全と秩序を害することをいうもので、不明確とはいえず(最高裁判所昭和四七年三月九日第一小法廷・刑集二六巻二号一五一頁参照)、右罰則一条は、所定の目的で爆発物を使用した者を処罰するものであつて、その思想、信条のいかんを問うものではなく(最高裁判所昭和五三年六月二〇日第三小法廷判決・刑集三二巻四号六七〇頁参照)、右罰則一条の定める刑が残虐な刑罰といえないことはもちろん、公共の安全と秩序を害し、人の身体、財産に対して極めて重大な危害をもたらすおそれのある同条所定の行為に対して、所定のような法定刑を定めることは立法政策の問題であつて、憲法適否の問題ではない(最高裁判所昭和四七年三月九日第一小法廷判決・刑集二六巻二号一五一頁参照)から、右罰則一条は憲法一九条、三一条及び三六条のいずれにも違反しない。

なお、爆発物取締罰則一条の違憲をいう被告人の所論中には、右罰則一条が憲法一一条、一三条、三八条一項及び七三条六号但書に違反する旨主張している部分が存するが、爆発物取締罰則一条所定の行為が公共の安全と秩序を害し、人の身体、財産に対して極めて重大な危害をもたらすおそれのあることに鑑みれば、同罰則一条が同条所定の行為に対して同条所定の刑罰をもつて臨んでいることには十分な理由があり、同条は決して国民の自由と権利を不当に制限するものとはいわれないから、憲法一一条、一三条に違反しないことはもとより、同罰則一条は黙秘権を否定する趣旨を何ら包含していないから、憲法三八条一項に抵触するものではなく、また、前記のように爆発物取締罰則は日本国憲法施行後もなお法律としての効力を保有しているものであるから、同罰則一条の規定は憲法七三条六号但書に違反するものでもない。

以上説示のとおり原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りは存しないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中事実誤認を主張する点について

所論は、要するに、原判決には以下述べるような事実の誤認があり、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。すなわち、原判決は、同判示第一の事実について、壬生塚博ほか氏名不詳者二名が被告人の指揮下にあつた旨及び被告人が軽油入りポリタンクに時限式発火装置を着装した旨それぞれ認定しているが、壬生塚らは被告人の属する組織とは別個の組織に属し、被告人の指揮下にあつたものではなく、原判示のポリタンクに入つていたのは軽油ではなく、ガソリンであつた。また、原判決は、同判示第二の事実について、本件のいわゆる手製爆弾を同判示の場所に設置した行為を爆発物取締罰則一条にいわゆる爆発物の使用に当たる旨、また、本件のいわゆる手製爆弾の爆発力について、「(約一五〇グラム)のピクリン酸を爆発させたときの爆発作用効果は三号桐ダイナマイト約一六二グラムの爆発力に相当し、半径数十メートルの範囲内で人を殺傷する能力を有する」旨、さらに、被告人らが治安を妨げ、かつ人の身体、財産を害する目的をもつて本件のいわゆる手製爆弾を原判示の場所に設置した旨及び「被告人と藤澤(徹)が(原判示の五本木)派出所の内部や付近の通行人の様子を偵察して大杉(範夫)に合図を送るなどし(た)」旨それぞれ認定しているが、本件のいわゆる手製爆弾の起爆装置には構造上基本的な欠陥が存在し、本件のいわゆる手製爆弾は爆発しないことが明白なものであるから、これを原判示の場所に設置したとしても、その行為は爆発物の使用とはいえない。また、原判決が本件のいわゆる手製爆弾の爆発力について前記のように認定したのは、荻原嘉光作成の鑑定書及び原審第一三回公判調書中の同人の証言を記載した部分に基くものであるが、右各証拠は所詮同人の根拠のない憶測による見解の域を出ないものであり、したがつて正確な事実認定の資料とすべきでなかつたのに、原判決はこれらの証拠の評価を誤つた結果、右のように事実を誤認したものである。さらに、本件のいわゆる手製爆弾を原判示の場所に設置した目的は、あくまでも被告人らの所属する政治組織の活動を宣伝することにあつたのであつて、被告人らには積極的に治安を妨げる意思はなかつたとともに、被告人の原判示第二の犯行当日の任務は爆発の確認と爆発後の警察の動向調査であつたのだから、被告人において藤澤とともに五本木派出所の内部や付近の通行人の様子を偵察して大杉に合図を送るなどした事実はないというのである。

そこで、まず原判決が同判示第一の事実について壬生塚博ほか氏名不詳者二名が被告人の指揮下にあつたと認定判示している点について検討するのに、原判決が右事実について挙示している被告人の司法警察員に対する昭和五一年一一月二一日付、同月二五日付各供述調書及び検察官に対する同月二六日付供述調書の謄本によると、原判示第一の犯行は、被告人が隊長となり、当時被告人が所属していた組織の下部組織に属していた壬生塚博ほか二名を指揮して敢行したものであることが明白であつて、原判決が同人らが被告人の指揮下にあつた旨判示しているのは、右犯罪を遂行するについて同人らが被告人の指揮下にあつた事実を認定判示したものとしてこれを是認することができる。

次に、原判示第一の放火に使用したポリタンクに入つていた液体が軽油であつたかガソリンであつたかについて検討してみるのに、原判決が右事実について挙示している小田部家邦ほか一名作成の鑑定書によると、本件出火地点から採取した砂や燃焼した羽目板及びポリエチレンの溶融したものとみられる固形物にそれぞれ軽油が付着浸透していたことが認められるのであつて、右の事実によれば前記ポリタンクに入つていた液体が軽油であつたことは明らかである。これに対して、被告人が原判示のポリタンクに入つていたのは軽油でなくガソリンであつたと検察官に供述しているのは所論の指摘するとおりであるが、被告人の検察官に対する昭和五一年一二月九日付供述調書(二枚綴りのもの)の謄本によると、被告人は、右のように供述するにつき、ガソリンは赤茶色でにおいが強く、軽油は白つぽい感じでにおいが余り強烈でないことを前提にして、本件ポリタンクに入つていた液体の色とにおいから、それが軽油でなくガソリンであつたことがわかつた旨述べているところ、そもそも軽油の色は元来淡黄色または淡褐色であるとともに、ガソリンと軽油はともに石油製品として共通のにおいを有するものであつて、被告人が両者を区別する前提には誤りがあつたとみられることなどに鑑みると、被告人は本件ポリタンクに入つていた軽油をガソリンと誤認したものと考えられるのであつて、この点について被告人の供述するところは前記判断を左右するに足りない。

なお、所論は、右事実誤認の主張に関連させて、原裁判所は判決宣告の際は、本件放火の媒介物を「ガソリン入りポリタンク」と言明していたのに、判決書にはこれを「軽油入りポリタンク」と訂正して記載してある旨主張し、判決書作成の手続に違法なかどがあるかの如く主張しているので、この点について検討してみるのに、本来判決の宣告については、理由はその要旨を告げれば足りるとされている程のものであるうえに、仮に所論がいうように、原裁判所が原判決の理由を告げるにあたり、右ポリタンクの内容物を軽油でなくガソリンであつた旨申し伝えたとしても、ポリタンクに軽油を入れた場合と等量の軽油とガソリンを入れた場合の着火燃焼状況についてそれぞれ実験をした結果を記載した司法警察員作成の昭和五一年一二月一三日付実験結果報告書によると、ポリタンクに入つていた燃焼物がガソリンの場合は、軽油の場合に比較してはるかに火勢が強いことは推認できるが、いずれの場合も原判示の時限式発火装置を作動させることにより発火させることができる点において差異はないものと認められるし、ポリタンクの内容が軽油の場合でもその火勢が建造物に着火炎上させるに十分なものであることは司法警察員作成の昭和四六年一〇月二一日付実況見分調書などによつて明らかであるから、右実験結果等に徴すれば、原判示のポリタンクの内容が軽油であるかガソリンであるかは原判示第一の罪の成否を左右するものと思われないことはもとより、軽油もガソリンもともに着火性が良く、燃焼速度の早い石油製品であることにおいては同一であることに鑑みると、犯情の面からみても両者の間に大きな差があるとは考えられないから、結局所論指摘の点は判決に影響を及ぼすに足りる瑕疵とは認められない。

次に、原判決が同判示第二の事実について被告人らが爆発物を使用したと認定していることの当否について検討するのに、原判決が右事実について挙示している証拠によると、本件手製爆弾は、起爆装置が適切に作動すれば、鉄パイプに充填されたピクリン酸を起爆させて爆弾全体が爆発すべき基本的構造、性質を有すること、本件手製爆弾には、起爆装置として、爆弾本体の中に、塩素酸カリウム及び雷汞の混合物と時限式点火装置の乾電池を電源とする発熱用の抵抗線をキヤツプにつめた手製雷管が着装され、これに改造工作したゼンマイ式旅行用目覚時計を使用した時限式点火装置が接続されていたが、右の起爆装置に支障がないばかりか時限式点火装置の仕組そのものにも不合理な点は認められないこと、本件手製爆弾が不発に終つた原因としては、時限式点火装置の固定接点となる金属性の歯車軸の表面に軸を歯車に固着する際に使用した接着剤が余分に付着して乾燥し、その部分の軸表面に絶縁被膜が形成されたため通電回路が遮断されたことと、時限式点火装置に使用された乾電池三個中の二個がすでに放電能力の低下したものであつたため点火用の抵抗線を起爆薬の発火点の温度にまで発熱させえなかつたことが考えられること及び本件行為当時被告人らは本件手製爆弾はその時限式点火装置を作動させれば確実に爆発する構造、性質を有する爆弾であると信じており、また一般人においてもそのように信ずるのが当然であると認められる状況にあつたとうかがえることなどの諸事実が肯認できるのであつて、以上の事実によれば、本件手製爆弾が爆発物取締罰則にいわゆる爆発物にあたることは明らかであるとともに、本件手製爆弾の起爆装置には前記のような欠陥があつたものの、その欠陥は基本的構造上のものではなく、単に爆発物の本体に付属する使用上の装置の欠陥にとどまるものであるから、法的評価の面からみれば、時限装置を作動する状態にしたうえこれを設置する方法により爆発を惹起する高度の危険性を有するものと認められ、したがつて、被告人らが本件手製爆弾の本来の用法に従い、これを爆発させようとして時限装置を作動する状態にしたうえ原判示派出所の北側外壁から約八センチメートル離れた地上に設置した行為は、結果として爆発しなかつたとしても、爆発物を爆発すべき状態においたものであるから、爆発物取締罰則一条にいう「爆発物ヲ使用シタル者」にあたると解すべきである。

次に、所論がその証明力を争う本件手製爆弾の爆発力に関する証拠について検討してみるのに、本件爆弾に使用されていたものとほぼ同量の約一五〇グラムのピクリン酸が爆発を起した場合には、少くとも三号桐ダイナマイト約一六二グラム相当の爆発作用効果を主ずる可能性があるとの荻原嘉光作成の鑑定書の記載が、同人がカスト猛度計を用い、等量のピクリン酸と三号桐ダイナマイトについてそれぞれ爆力検査を行つた結果に基づくものであることは、前記公判調書中の同人の供述記載に明らかであり、また、右公判調書によれば、同人は原審第一三回公判において、本件手製爆弾の殺傷破壊力に関して、一六二グラムの三号桐ダイナマイトを鉄パイプに詰めて六号雷管で起爆させると、鉄パイプは非常に小さな破片になつて、半径数十メートルにわたつて四散し、その結果半径数十メートルの範囲内の人員に対して殺傷力を生ずると推定される旨証言していることが認められるが、右証言も多年にわたつて爆発物の検査鑑定にあたつた同人の豊富な専門的知識と経験に基づくものであつて、所論のいうように根拠のない憶測を述べたものではなく、前記鑑定書の記載及び右証言はいずれも十分信用できるのであつて、同人が、手製爆弾の場合には、爆薬の種類及びその容器への詰め方、容器の密閉度、起爆力などによつてその爆発力に差がある旨証言していることを考慮に入れても、原判決が右各証拠に基づいて本件手製爆弾の爆発力につき所論指摘の如く認定したのは正当である。

次に、本件手製爆弾使用の目的について検討するのに、原判決が同判示第二の事実について挙示している被告人及び藤澤徹の各検察官に対する供述調書の謄本によると、本件手製爆弾が目黒警察署五本木派出所を爆破する目的で同派出所北側外壁から約八センチメートル離れた地上に設置されたことは明白であるところ、被告人らの右所為は五本木派出所の建物を爆破するとともに、同派出所勤務の警察官にも危害を与えることをも企図した行為とみるべきであるから、本件爆弾の設置が治安を妨げかつ人の身体、財産を害する目的をもつてなされたというを妨げない。この点について、被告人は、原審及び当審公判廷において、本件爆弾の設置は当時被告人が所属していた政治組織が革命のため蜂起したことを宣伝するためであつたなどと供述しているが、爆発物取締罰則一条に「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ」とあるのは、必ずしも治安を妨げ又は人の身体、財産を害することが爆発物使用の唯一、排他的な動機であることを要求したものではないから、被告人の右供述は前記判断と相容れないものではない。

次に、原判示第二の犯行当日、被告人と藤澤徹が五本木派出所の内部や付近の通行人の様子を偵察して大杉に合図を送るなどした事実の有無について検討するのに、原判決が同判示第二の事実について挙示している藤澤の検察官に対する昭和五一年一一月三〇日付供述調書の謄本によると、藤澤は、昭和四六年一一月一〇日ころ、当時所属していた共産同RG派の組織上部の者から、大杉範夫及び被告人とともに同月一七日午前五時から六時までの間に目黒警察署管内の五本木派出所を爆破するよう命ぜられ、その一、二日後に大杉及び被告人とともに右派出所付近に赴いて現場調査をし、その結果に基づき三人で相談した結果、爆弾は大杉が運んで派出所裏側の窓のある壁の下の方に仕かける、午前六時ころ爆発するように大杉が駅から派出所へ歩いていく途中で時限装置をセツトする、派出所の周辺三か所から各人が歩き始め、被告人が派出所内の状況を確認し、藤澤が派出所周辺の人通りと爆弾を仕かける場所について確認し、まず被告人と藤澤が一定の時間に一定の場所ですれ違つて互いに犯行が発見されるおそれがないかどうかについて合図し、それに基づいて藤澤が発見のおそれがないと判断したときには、一定の時間に一定の場所で大杉とすれ違う際同人にその旨合図し、その後大杉が爆弾を仕かけるという具体的実行計画をたて、その一、二日後再び三人で前記派出所付近に赴き、その計画に従つて現地でリハーサルをやつてみた結果、ほぼ計画どおり実行できるとの確信を得たので、右計画の手順のとおり実行することとし、同月一七日早朝、藤澤、大杉及び被告人は京王線初台駅付近のアパートから互いの腕時計の時間を合わせたうえ一緒に出発したが、三人は同駅へ行くまでの間に互いに歩速をずらせてばらばらになり、藤澤は、その後京王線、山手線、東横線を乗り継いで祐天寺駅で下車し、東横線の高架を通り抜けて五本木派出所裏側の細い砂利道に入り、爆弾を仕かける位置を確認し、その道を北上して若干進んだ地点で計画どおり被告人とすれ違い、被告人から発見されるおそれがないとの合図を受けたので、その地点から右に曲つてさらに若干進んだ地点で計画どおり爆弾の入つた袋をさげた大杉とすれ違つた際、同人に発見されるおそれがないとの合図を送り、そのまま祐天寺駅の方に向かつたが、途中で道を間違えて中目黒に出たので、同駅から電車を利用してアジトに帰つて来た旨供述しているところ、右供述には不自然不合理な箇所もなく、自己の記憶している限りの事実を卒直かつ具体的に述べたものと認められ、十分措信することができるといえるばかりでなく、同じく原判決が同判示第二の事実について挙示している被告人の検察官に対する昭和五一年一一月三〇日付供述調書の謄本によると、被告人も、五本木派出所に爆弾を仕かける約一週間前から大杉及び藤澤と現場の下見調書をしたり、現地でリハーサルをした結果、事前に三人の間で話し合つて、三人がどの駅で降りてどの辺を通つて派出所に接近し、どの辺りに何時ころ行くということや、お互いに警察官や交番の周囲の人の動きについて連絡を取り合うことなどは決めていた旨及び爆弾を仕かけた当日早朝、被告人と藤澤は手ぶらで、大杉は爆弾を入れた袋を持つて出撃アジトであるアパートを出発し、それぞれ違う道を通つてばらばらになり、被告人は京王線幡ヶ谷駅から京王線、山手線、東横線と乗り継いで学芸大学駅で下車したが、当日の行動のうち五本木派出所に近づいて行つたこと、爆発予定時刻に広い通りをはさんで派出所の向かい辺りで爆発音がするのを待つていたこと及び予定時間が過ぎても爆発音がしないので派出所の方を気にしながら中目黒駅の方に向かつたことははつきり憶えているし、爆弾を仕かけた当日三人があらかじめ打ち合わせておいたとおり行動をとつたことは間違いない旨前記藤澤の供述と符合する供述をしているのであつて、以上を総合すると、「(昭和四六年一一月)一七日午前五時三〇分ころ、前記五本木派出所付近において、かねて打ち合せのとおり、被告人と藤澤が同派出所の内部や付近の通行人の様子を偵察して大杉に合図を送るなどし」たとの原判決の事実認定はこれを肯認することができる。

尤も、被告人の司法警察員に対する昭和五一年一一月一六日付供述調書及び検察官に対する同月三〇日付供述調書の謄本には、被告人の原判示第二の犯行当日の任務は爆発の確認と爆発後の警察の動きの調査であつたとの記載があるばかりでなく、司法警察員谷浩治作成の昭和五一年一一月三〇日付実況見分調書(五本木派出所付近を実況見分して作成したもの)によると、被告人が右犯行当日の自己の行動について現場で警察官に指示説明したところは、前記藤澤の検察官に対する供述と合致しないけれども、警察官や通行人などに発見されることなく爆弾を仕かけることが被告人らに与えられた最も重要な任務であつたこと、しかもその任務を遂行する者が三名に限られていたことに鑑みると、その三名がまず右目的遂行に直接必要な役割を分担し合うのが当然であると考えられるとともに、被告人が前記各調書で述べている任務、すなわち、爆弾を仕かけたのちに爆発音を確認したり、その後の警察の動きを調査したりすることも前記第一次的な任務の遂行と必ずしも相容れないものではないから、前記被告人の供述調書の記載をもつて被告人がそこに記載されている以外の任務を担当していなかつたとするのは不合理であり、また、被告人の検察官に対する昭和五一年一一月三〇日付供述調書の謄本によると、被告人は、前記実況見分当時既に犯行の時から五年以上の時間が経過していることでもあり、犯行前に数回にわたつて現場の下見などをした際のことと記憶の混同があるかも知れず、犯行当日の現場付近における爆発予定時刻までの自己の足取りについて確実に言えることは五本木派出所に近づいたことである旨供述しているのであるから、前記被告人の供述調書の記載及び実況見分の際の指示説明はいずれも原判決の前記認定を左右するに足りるものではない。

以上個別に検討して来たとおり原判決には所論のような事実の誤認は存しないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中訴訟手続の法令違反を主張する点について

所論は、要するに、被告人の捜査官に対する各供述調書は、以下述べるようにいずれも証拠能力を有しないものであるのに、これを採証の用に供した原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるというのである。すなわち、捜査官は、ありもしない爆発物取締罰則九条違反の容疑で昭和五一年一一月五日被告人を逮捕し、右被疑事実により引き続き勾留された被告人の身柄拘束状態を利用して、本件各事実について被告人を取り調べたものであるから、本件各犯罪事実に関する被告人の捜査官に対する各供述調書は、前記九条違反の容疑で勾留中に作成されたものはもとより、本件爆発物取締罰則一条違反の容疑で逮捕された昭和五一年一一月二二日(弁護人提出の控訴趣意書にはその日を同月二九日と記載してあるが、記録に編綴してある逮捕状の記載によると、右控訴趣意書の記載は誤記と認められる。)以後作成されたものを含めて、総て証拠能力が認められないのみならず、厳密に考えれば、右のような違法な捜査に基づく本件公訴の提起は、憲法三一条、三七条に違反する違法、無効なものとして棄却されるべきである。また、被告人の司法警察員に対する各供述調書は、警察官が連日一二時間から一三時間にも及ぶ取調を強行し、取調に藉口して肉体的、精神的に拷問を加えたばかりでなく、更に種々の脅迫、暴行、利益誘導等の不当な手段を用いて作成したもので、任意性のないものであるが、被告人の検察官に対する各供述調書も、知識程度の高くない被告人が、右警察官の取調から幾ばくもなくして行われた検察官の取調において、警察官の取調による心理的影響を大きく受けていたことは否めないから、任意性を有しないというべきであるというのである。

そこで、まず被告人の捜査官に対する各供述調書が違法な別件逮捕中の違法な余罪の取調によつて作成されたものであるか否かについて検討してみるのに、被告人が爆発物取締罰則九条違反の容疑で逮捕されたのちその取調に当たつた警察官三森貫一の原審証言によると、被告人は、右容疑で逮捕勾留されている間、その逮捕後一週間程した時点で三森に対し原判示第二の事件について自供を始めたが、その当時三森は右事件の存在すら知らなかつた事実が認められるのであつて、被告人自身が右証人に対し被告人の右自供は自首に当たるのではないかとただしていることによつても右事実は疑う余地がない。また、右三森証言及び被告人の司法警察員に対する昭和五一年一一月二一日付供述調書によると、被告人は、前記爆発物取締罰則九条違反の容疑で勾留中に原判示第一の事件についても自供を始めたが、その自供も自発的なものであつたことが窺われるのであつて、被告人が捜査官に対して本件の自供を始めた右の経緯に徴すると、捜査官が本件各事実について取り調べる目的で別件の同罰則九条違反の容疑で被告人を逮捕し、引き続いて勾留された被告人の身柄拘束状態を利用して本件各事実について被告人を取り調べ、その自供を得たというような事実関係は全く存在しないことが明らかである。したがつて、右逮捕が違法な別件逮捕であることを前提にして被告人の捜査官に対する供述調書の証拠能力を争い、さらには本件公訴の提起が違法無効であるとする所論は、事実に即しないものであるといわなければならない。

次に、被告人の司法警察員に対する各供述調書が脅迫、暴行、利益誘導等による任意性のない供述を録取したものであるか否かについて検討してみるのに、被告人が原審において被告人の捜査官に対する各供述調書を証拠とすることに同意し、その任意性を争つていないこと、被告人の取調に当たつた警察官三森貫一が原審において証人として取り調べられた際、被告人が自ら同証人に質問して、被告人が自発的に原判示第一、第二の事実について供述し、その捜査に協力したとの証言を引き出していること、そして被告人の司法警察員に対する各供述調書がいずれも右証言の真実性を首肯させるに足りる内容を有することなどの諸事実を総合すると、被告人の司法警察員に対する本件各事実についての供述がいずれも任意になされたものであることは疑いがない。したがつて、被告人の検察官に対する供述調書の任意性を争う所論がその前提を欠くものであることもまた明らかである。

これを要するに、被告人の捜査官に対する各供述調書を採証の用に供した原審の訴訟手続には所論のような法令違反のかどは存しないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当を主張する点について

所論は、原判決の量刑不当を主張するので、訴訟記録並びに原審及び当審において取り調べた証拠によつて検討するのに、本件各犯行は、暴力革命を標傍する組織の構成員が、その目的実現のため、警察の末端機関を狙い、その犯行が駐在所や派出所及びそこに常駐する警察関係者に対してにとどまらず、広く周辺住民などの身体、財産に対しても重大な危害を及ぼすおそれがあることをも顧慮しないで敢行した、組織的、計画的な重大事犯であるところ、被告人は、原判示第一の犯行については、共犯者の壬生塚博ほか二名に対して犯行の準備を指示し、自らも現地調査をして鎌田駐在所を放火の対象として決定し、犯行の際は自ら現場付近で壬生塚から軽油入りポリタンクを受取つてこれに時限発火装置を着装し、これを右駐在所の便所北側羽目板に接した地点に置き、時限発火装置を作動させて放火するなど主導的役割を果たし、原判示第二の犯行については、共犯者の大杉や藤澤と綿密に謀議し、自らも数回現場に臨んで下見をするなどし、犯行の前夜はいわゆる出撃アジトで共犯者とともに爆弾を工作用粘土でくるむなど最後の準備をしたうえ、犯行当日は現場付近で見張り役をつとめるなどその犯罪遂行上欠くことのできない一翼を積極的にになつたものであつて、原判示第一の放火についてはたまたま発火直後に通行人に発見されたため被害が軽少にとどまり、また同判示第二の爆弾も起爆装置の偶発的欠陥により不発に終つたとはいえ、上記犯情に照らせば、被告人が本件において負うべき刑責の重大であることはあらためていうまでもないところである。したがつて、被告人がその所属する組織の構成員として上部からの指示に従つて本件犯行に及んだものと認められること、被告人が本件各犯行時に少年であつたこと、被告人が捜査官に対し積極的に本件各犯行を自白し、これに基づいて捜査が進められ、起訴されるに至つたことなど原判決が認定説示し、あるいは所論が指摘する被告人に有利な諸事情を斟酌してみても、被告人に対する原判決の量刑はやむを得ないものと判断され、その科刑は原判示第一、第二の各犯行の共犯者に対する量刑と比較してみても必ずしも均衡を失したものとはいえない。

なお、所論は、量刑不当の主張に関連させて、被告人は本件各罪について自首したものであるのに、原判決が右各罪につき自首減軽をしていないのは不当であると主張しているので検討するのに、被告人の取調に当たつた警察官三森貫一の原審証言によると、被告人は別件で逮捕勾留されてその取調を受けている際に、捜査官に対して、犯人が誰であるかが未だ捜査機関に発覚していない本件各罪について自供したことが認められるが、右自供が余罪の有無を尋ねられた際これに答えてなされたものか、そのような事実は全然なくして自ら進んで自供したものかについては、必ずしも明確でないが、仮りに右自供が余罪の有無を尋ねられたのに答えたものではなく、したがつてこれを自首に当たるものと解するのが相当であるとしても、前記のような本件事犯の重大性や被告人がその犯行において果たした役割などを考慮すると、右事実を量刑上被告人に有利な事情として斟酌するにとどめ、自首減軽をしなかつた原裁判所の措置は、相当なものであつたといわなければならない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中五三〇日を原判決の刑に算入することとして、主文のとおり判決をする。

(裁判官 四ツ谷巖 杉浦龍二郎 阿蘇成人)

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